システマ第2日目

focused multiracial friends meditating in room システマ日記
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システマの練習初日を終えてから、私はまず呼吸に注意するようになった。

とりあえずは教えられた通り、歩きながら呼吸を繰り返す。はじめは一歩で吸い一歩で吐く。徐々に呼吸の長さを伸ばしていく。

何よりも大切なのは呼吸であると考えたので、しばらく筋トレはあえて休んだ。筋トレをすると、むしろ意識が体の一部に凝集してしまいそうだったからだ。

ランニングはしたが、それでも呼吸を意識しながらだ。しんどくなって呼吸がいい加減になる速度には達しないよう、慎重に走る速度をコントロールした。

そしてある程度の距離を走ったあと、私は散歩をした。走る時は、走るという行為そのものに対して意識が凝集してしまうように感じたが、散歩のときは逆に意識がほどよく周囲に散乱し、これまで見えなかったものがたくさん見えるようになってきた。

それまで気づかなかった看板や家が私の目を楽しませてくれた。また、住み慣れたこの街で生活する人々の息吹のようなものを感じることができた。

呼吸を意識するようになって、少しだけだがあまり物事を深刻に考えなくなったように思う。

また、風景が少しだけ綺麗に、また面白く見えるようになった気がする。

そうして迎えたシステマ練習の第2日目。

今日は呼吸の練習はなく、いきなり二人ペアで太ももの上に立つワークから始まった。

相手は前回もいた男性だ。顔は覚えている。中肉中背、年のころは四十代だろうか。

「行きますよ」

太ももの上に乗られる瞬間は相変わらず痛いが、light breathingを繰り返していると少しずつリラックスしてきて痛みが和らぐ。

ふくらはぎの上に乗るワークも同様。

2回目であるせいか、前回ほどの痛みはない。

実は初日の練習の後、3日間くらい太ももが痛かったのだが、今回はそこまでではない。

次のワークは、部屋の中を練習生が歩き回り、相手を押したり突いたり体当たりをしたりして、それを自然な呼吸・自然な動きでかわすというものだ。

どうにも要領がわからず、うまくできている気がしないままに終わった。

「ナイフを出してください。」

指導者の方が言う。

「おお、いよいよナイフを躱す練習か。しかし俺はナイフを持っていないぞ。」

と思ったが、みな当然のように鞄から刃のない模擬ナイフを取り出した。

二人ペアになり、背後からあるいは前方からナイフを突きつける。このときも、自然なlight breathingを繰り返し、体が自然にナイフを躱す動きを体得するのがこのワークの目的だ。

初めに指導者格の方に相手をしてもらった。

まず私が相手の背中にナイフを突きつける。先生はごくやわらかい動きでナイフを躱す。支えがなくなるという感覚があり、頑張って追撃しようとしてもうまくいかなず、倒されてしまう。

「切れ目なく呼吸をしてください。もちろん生理的には呼気と吸気の境目で必ず呼吸は一瞬止まるのですが、それでも呼吸が切れ目なく循環しているイメージで呼吸してください。」

私としては、吸気の最後に吸気を少しだけ残しながら呼気に移り、呼気の最後に呼気を少しだけ残しながら吸気に移る、というイメージで行うとうまくできるように思えた。

「合気道みたいなものですか」

と訊くと

「いえ、違います。力の出し方が全然違います。」

と言う。

私は照れながら

「とは言え、私は合気道をやったことがないのですが・・・」

というと、先生も

「私も合気道は知りません。」

と。

お互いに知らないことについて言及していた可笑しさに気付いたが、それには二人とも触れなかった。

もう一人の先生にも相手をしてもらった。素人目には、こちらの先生の方が技量が上のように見える。

「シンプルに呼吸をするだけです。」

というが、当然ながら私には全然うまくできない。本物のナイフであればもう全身穴だらけだ。

一方、私が先生をナイフで刺そうとすると、私は手玉に取られてしまう。力と力が真正面からぶつかって、強いものが勝つ、という図式ではない。先生の方がこちらの意図の一歩先を常に行っている感じで、こちらは力を相手に伝えることができない。

「あなたは集中しすぎですね。ナイフにとらわれている。そうではなくてふんわりと視野全体を見る。そしてリラックス。light breathingを繰り返す。初めは誰もうまくでいないですけど、必ずできます。」

ううむ。

どうしても「ナイフを何とかしてやろう」と考えてしまう。

「呼吸が動きを教えてくれます。体は頭より賢いですから。」

「体は頭より賢い」

これはこの日一番心に響いた言葉であった。自分の小賢しさを言い当てられているようでもあった。まるで禅の言葉のようである。

禅といえば、私は十代のころに座禅会に参加していた時期がある。私は当時この世界全体に対して何とも言えない違和感を感じていて、そうした違和感を払拭できる何かを探して哲学書などを渉猟していた。今にして思えば若者らしい潔癖さや知識欲の発露であった。

禅においても「作為」というものを徹底的に排除しようとする。あらゆる作為を超えて、何もなくなった時に自然と出てくる言葉や動きが、本来のものであるという思想が禅の根幹を成している。私は禅をそう理解している。

そういうところで、システマと禅は似ている。

しかし呼吸の仕方においてはだいぶ異なっている。座禅の際の呼吸は、「深く大きく」が良いとされていた。ただし、胸ではなく臍下丹田に息を落とし込む。呼気も吸気も可能な限り長いことが良いとされ、禅の高僧になると1分間に1回しか呼吸をしないという。

一方のシステマは、あまり深い呼吸を良しとしない。浅いのが良いわけでもないらしいが、とにかく軽く、という風に教えられる。

師匠格ではない普通の練習生ともナイフを躱す練習をした。

当たり前だが先生とやる時とは感触が違う。それぞれに自分流の解釈で動いているように思えた。皆、初心者の私に対していろいろとアドバイスしてくれるのだが、言っていることが少しずつ違うような気がする。ここは先生の言う通り、シンプルにlight breathingだけを行おうと決めた。

とにかく呼吸を止めないこと。

これを日常生活の中でも実践しようと決めた。どの動作を起こす時も必ず呼吸が先導するように。

この宿題を自分に課し、今日のレッスンは終わった。

以前の私であれば、1日に何時間必ず呼吸の練習をする、というトレーニングメニューを作ったりするのだが、今の私は「覚えていたらやろう」という程度の気持ちである。「1日何時間これをする」と決めてしまうと意識がそこに凝集してしまうし、自分を追い込んだり締め付けたりしてしまいそうだからだ。もっと軽い気持ちで、システマに取り組もうと思っている。

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